星野仙一さん死去、70歳
「燃える男」「闘将」楽天で日本一達成
プロ野球中日のエースとして「燃える男」、
監督就任後は「闘将」と呼ばれ、
2013年に楽天を率いて球団創設9年目で初の日本一に導いた
星野仙一(ほしの・せんいち)氏が死去したことが6日、球界関係者の話で分かった。
70歳。岡山県出身。
岡山・倉敷商高から明治大を経て、
1969年にドラフト1位で中日に投手として入団。
82年まで中日一筋でプレーした。
気迫を前面に出す投球から「燃える男」がキャッチフレーズとなり、
特に巨人戦で闘志を燃やした。
現役時代の通算成績は実働14年で146勝121敗34セーブ。
74年には沢村賞に輝いた。
引退後は87年に中日の監督に就き、翌年にリーグ優勝。
96年には中日で2度目の監督に就任し、99年にも優勝を果たした。
2002年から阪神を率いて03年に18年ぶりのリーグ優勝を果たしたが、
ダイエー(現ソフトバンク)との日本シリーズで敗退。
その直後に健康上の理由で退任した。
11年からは楽天の監督に就任し、13年にチームを初の日本一に導いた。
08年の北京五輪では野球の日本代表監督を務めた。
準決勝で韓国に、3位決定戦でも米国に敗れてメダルを逃した。
17年にエキスパート表彰で野球殿堂入りした。
(サンケイスポーツ 2018.01.06 08:05)
http://www.sanspo.com/baseball/news/20180106/gol18010608050003-n1.html
驚いた、日本球界にいなくてはならない人が亡くなった。
ろくに野球も知らずに選手に媚びる監督とは違い
野球を知り、野球を愛し、情熱的で優しい人柄の星野さん。
くだらないミスや怠慢プレーに激怒し、
選手たちには恐れられた時もあった。
一度で良いのでヤクルトの指揮を執ってもらいたかった、
非常に残念、お悔やみを申します。
気がかりなのが、いつ亡くなったのかと死因が発表されてないこと。
星野さん、本当にお疲れ様でした、
本当に本当にありがとうございました。
まだ早すぎるお別れに落胆しています。
☟燕ファンも選手諸君も軽やかにタップ願う。
☟こちらもタップよろしくである。
source : 梅造イズム