マリーンズの岡田幸文選手と大隣憲司選手が引退を表明しました。
ロッテ岡田幸文、大隣憲司「心より感謝」現役を引退(ニッカン)
ロッテは25日、岡田幸文外野手(34)と大隣憲司投手(33)が今季限りで現役を引退を発表すると発表した。両選手は26日に引退会見を行う。
岡田は作新学院(栃木)-日大(中退)-全足利クラブをへて、08年の育成ドラフト6位でロッテに入団。09年3月に球団で初めて育成選手から支配下登録された。11年に外野手のシーズン359守備機会連続無失策のパ・リーグ新記録を樹立し、11年、12年にゴールデングラブ賞を獲得するなど外野守備のスペシャリストとして活躍。15年、16年は選手会長を務めた。一方で打撃では、16年10月5日の楽天戦第1打席から57打席連続無安打と振るわず。プロ入りから2496打席本塁打なしもプロ野球記録を更新している。
岡田 10年間という短い間ではありましたが、本当に幸せな野球人生でした。千葉ロッテマリーンズに育成で拾ってもらって、ここまで野球をやらせていただいたことを今後の人生においてプラスにしていきたいと思います。悔いはありません。このような、充実した幸せな野球人生を送れたのはファンの皆さまのご声援があったからだと思います。応援いただき本当にありがとうございました。
大隣は京都学園-近大を経て、06年ドラフト希望枠でソフトバンクに入団。07年6月9日の広島戦で初登板(先発)初勝利を挙げ、13年にはWBC日本代表入り。同年、国指定の難病・黄色靱帯(じんたい)骨化症の手術を受けたが14年に復活した。今季、ロッテにテスト入団したが、1軍では1試合に先発したのみだった。通算52勝49敗、防御率3・36。左投げ左打ち。
大隣 12年間のプロ野球生活、温かいご声援ありがとうございました。順風満帆なプロ野球人生ではありませんでしたが、いろいろな方々に支えられてここまでやってくることができました。心より感謝しております。本当にありがとうございました。
大隣は昨年ホークスを自由契約になり、今年マリーンズにテスト入団。復活が期待されたものの、1軍では1試合投げたのみに終わりました。
そして岡田。育成契約から這い上がった苦労人で、思い入れのあるファンの方も多いのではないでしょうか。
26日には引退会見が行われ、福浦から花束が贈られました。
ロッテ岡田が引退会見 福浦から花束「びっくり」(ニッカン)
今季限りでの引退を表明したロッテ岡田幸文外野手が26日、本拠地ZOZOマリンで会見に臨んだ。「悔いはなく、充実した野球人生だったと思う」と振り返り、他球団などでの現役続行の可能性については「10年前、千葉ロッテマリーンズに育成(選手)として拾っていただいて、ここまで10年間という長い間、現役生活を続けされていただいた。他でやるという考えは正直なかった」と説明した。
引退を決断したのは今月に入ってから。チームの戦力になれていないことを実感。「守備についていても以前だったら追いついていた打球に追いつけなかったり。盗塁にしてもスタートがちょっと自分の意識と違ったり。ましてや2年連続でヒットが打ててないので、そこがすべてです」と話した。
1番の思い出は日本一に輝いた10年日本シリーズ。第7戦で中日浅尾から延長12回に右中間へ決勝の適時三塁打を放った。「延長を戦い抜いた時の決勝タイムリーは今でも鮮明に覚えています」。
全足利クラブから08年育成ドラフト6位で入団。通算成績は25日現在で909試合に出場し、打率2割5分4厘、0本塁打、119打点。ここ2年間安打がなく、通算ホームランもゼロだが「攻撃だけじゃないので、守備ってすごく大事な仕事だと思っています」と、持ち味だった守備力へのプライドをのぞかせた。
今後については未定とした上で「いつか恩返ししていですし、ロッテのために何かできることがあればやりたいと強く思います」。将来的にロッテのユニホームを着て戻ってくることを希望した。
会見後、10年間背中を追いかけてきた福浦から花束を渡されると「びっくりだなあ。なんで福浦さんなんすか、やばい。ありがとうございます」と目頭を熱くした。
岡田とともに戦ったOBからも引退を惜しむ声が上がっています。
岡田と大隣が引退か‥まだ出来たと思うけどそういう世界だから仕方ない。岡ちゃんの守備にはうちの投手陣相当助けられたよね。大隣は一緒にやってないけど対戦した時はほんまにええ真っ直ぐ投げてたな‥これからはお身体を大事にして下さい。
— saburo (@saburo_ohmura) 2018年9月25日
2人共お疲れ様でした。#千葉ロッテ#岡田幸文#大隣憲司
岡ちゃん引退か?!
— 里崎智也 (@satozakitomoya) 2018年9月25日
育成から這い上がって良く頑張った!
2010年史上最大の下克上を達成できたのも、岡ちゃんが日本シリーズ浅尾から決勝タイムリーを打ったから!
ナゴヤD三塁ベンチから見た一打の景色は忘れない!
残念なのは、最後にヒット見たかったよ!
お疲れさんだね!https://t.co/OczmpNx0EU
岡田が引退!
— 薮田安彦 (@Yabuta_Y) 2018年9月25日
2010年日本一を共に喜びあったなぁ~。何度も岡田の守備に助けられたのを思い出す。そんな岡田のプレーを見られなくなるのは寂しいね…。
本当にお疲れさま。
『岡田さん』
— 千葉ロッテマリーンズ 上野 大樹(おもてなし担当) (@marines_ueno) 2018年9月26日
普段はニコニコ優しい先輩。
試合になると熱い男に変わる。
真剣な眼差しで集中し、
ヒットになるかと思われる打球を忍者のような動きで取ってしまう。
残念、そこは岡田だ!
『残岡』
投手の僕にとって本当に心強かった。
岡田さん、お疲れ様でした!#岡田幸文 #chibalotte https://t.co/KKpA7d01jo
岡田は2008年の育成ドラフト6位で入団。2009年3月末に支配下登録され、2010年6月1日に1軍昇格しました。
俊足と守備のうまさが買われて徐々に出番を増やし、中日との日本シリーズでは大松のケガのため第2戦からスタメン出場しました。
そして第7戦の延長12回表、浅尾から決勝のタイムリーヒットを放ち、一躍ヒーローになりました。
映像を見ればあの時の興奮がよみがえります。本当に良く打ってくれました。
試合が終わっていないにもかかわらず、レフトスタンドのマリーンズファンは勝利を確信し、肩を組んで喜びを分かち合ったのです。
2011年以降も岡田は守備でスーパープレーを連発。圧倒的な守備範囲と全力のダイビングキャッチは見る者を虜にしました。
いつしかセンターはエリア66と呼ばれるようになり、「残念、そこは岡田だ」という言葉すら生まれました。
ああセンター岡田の安心感よ。チームは低迷していても岡田の守備はお金を払って見る価値がありましたよ。
特に低迷が続き閉塞感であふれた西村政権末期は岡田の守備だけが癒しでしたね。
圧巻は2011年の東京ドームで行われた巨人戦でのファンプレー3連発。
日テレのアナウンサーが興奮気味に岡田の美技を伝えていました。
YouTubeには岡田のファインプレー集がいくつも挙がっています。
身体能力を限界まで活かした岡田のプレーはまさに美技、職人技と言っていいでしょう。
岡田のファインプレーはパリーグTVも取り上げてくれています。
岡田の守備はパリーグ屈指。
2011年はシーズン無失策、両リーグトップの351刺殺を記録し刺殺のパ・リーグ記録にあと2と迫りました。
2011年と2012年はゴールデングラブ賞にも輝いています。
しかしそんな岡田ですが打撃に課題がありました。
長打が打てずホームランはゼロ。ランナーを進めるバッティングもあまり上手ではありません。
打率はだいたい.250~.260程度。上位を打つにはやや厳しい成績です。
2012年には482打席を数えた岡田ですが、その後徐々に出番を減らし、守備固めでの出場が増えていきました。
2016年には121試合に出場し327打数90安打、打率.275と好成績を挙げたものの、2017年は開幕から極度の打撃不振に陥り出番が激減。
そんな岡田を伊東監督はなぜか代打として起用しました。
打率.000の岡田が代打で登場する。異様な光景でした。。
伊東監督としてはなんとかヒットを打たせたいという思いがあったのかもしれませんが、岡田は代打向きの選手ではありません。
岡田は打撃で結果を出すことができず、2016年はわずか31試合の出場にとどまっただけではなく、33打数無安打と、ヒットを打てずに終わってしまいました。
復活を期した2018年も打撃不振に苦しみました。
守備固めや代走での出場がほとんどとなり、打席に入ったのはごくわずか。しかしヒットは打てませんでした。
現在岡田は連続打席無安打は57。デビューから2496打席本塁打0というプロ野球記録も持っています。
そして2018年は大きなミスを何度も繰り返してしまいました。。
3月30日に行われたイーグルスとのシーズン開幕戦では9回裏に代走で登場し、なんと牽制タッチアウトでチェンジ。
存在感をアピールするはずがまさかの大チョンボ。思えばこれがケチのつき始めだったのです。
7月6日のファイターズ戦では1-1の同点で迎えた延長12回裏に岡田が登場。
1死1塁で送りバントを試みるも最悪のキャッチャー前ゲッツー。
チャンスを広げるはずが、最悪のダブルプレーで試合が終わってしまったのです。
バントを失敗し、しばらく棒立ちになってしまった岡田。1塁に走るそぶりを見せなかったのはなぜでしょう。
ショックの大きさ故かもしれませんが、プロなら走らなければなりません。
7月21日のバファローズ戦。
7回裏、1死1,3塁で藤岡がセンターにフライを打ちあげます。
3塁ランナーの田村はホームへ。誰もが犠牲フライを確信した瞬間、信じられないことが起こりました。
1塁ランナーの岡田が2塁にタッチアップし、田村がホームインするよりも前にアウトとなってしまったのです。
センターフライですからボールは2塁に帰ってきますし、走る場面ではありません。
勝ったからよかったものの、岡田による痛恨の走塁ミスでした。
守備でも決定的なミスが出ます。
7月24日のホークス戦。
2点リードの11回表。内が1死1,3塁のピンチを招きました。
ここで今宮の打球はセンターへ。センターは岡田です。
全盛期の岡田なら捕っていたかもしれません。
しかし今年の岡田は明らかに衰えていました。落下点にまったく間に合わず後逸。ダイビングキャッチでもありません。
ランナーが2人還り9-9の同点となってしまいました。
岡田の守備の判断ミスは2017年あたりから少し出ていましたが、ついに決定的なミスが出てしまいました。
その後岡大海の加入をきっかけに2軍落ちし、その後昇格することはありませんでした。
また、足にスランプは無いといいますが、岡田は走塁面でも衰えが見られました。
今年は代走としても結果を出せず、盗塁はわずか4個ながら盗塁死が4つ。
もともと走塁技術が高い選手ではありませんでしたが、去年からスタートの遅れや判断ミスが増えた印象があります。
打てない焦りが身体感覚を狂わせたのか。
それとも体の衰えが身体感覚とのズレを呼び、走塁面や守備面での判断ミスを生んだのか。
もっと出番があれば感覚を維持できたのかもしれませんが、もはや岡田の衰えと感覚の狂いは誰の目にも明らかでした。
それは岡田自身も認めており、引退会見では「守備についていても以前だったら追いついていた打球に追いつけなかったり。盗塁にしてもスタートがちょっと自分の意識と違ったり。ましてや2年連続でヒットが打ててないので、そこがすべてです」と述べています。
イメージ通り動かない自身の体。岡田は苦しんでいたのでしょう。
以前ならできたことができなくなり、イメージ通りに体が動かなくなる。
30代から40代にかけての方の多くが実感していることだと思います。
そうした体と感覚の衰えに折り合いをつけ、どうにかこうにか成績を残していくのがヴェテラン選手です。
しかしあのファインプレーは卓越した身体能力と研ぎ澄まされた五感を最大限に活かしてこそ。
0コンマ1秒の世界で生きてきた岡田にとって、わずかな感覚の狂いが致命傷になってしまいました。
打撃不振と守備の不振がメンタル面にも影響を及ぼし、ミスの連鎖を生む結果となったのではないでしょうか。
文字通り身を削り、限界に挑戦するかのようにファインプレーを連発した岡田。
そんな岡田だからこそ、ファンは皆心を奪われたのです。
ミスをしたからと言って、岡田の美技の価値は決して揺らぎません。
もう、来年以降は岡田のファインプレーを見ることはできないのです。
岡田の引退はとても残念です。
守備は一級品なだけに、欲しがる球団はあったはず。ここ2年の不調はメンタル面が原因の一つだと思いますから、環境を変えればまだまだやれたのではないでしょうか。
ですが、岡田はプロとしての道を開いてくれたマリーンズに恩義を感じ、マリーンズで現役を終える決断をしました。
岡田の素晴らしい守備を後輩に伝えていくためにも、コーチとして球団に残ってほしいです。
10年間、本当にお疲れさまでした。
もし引退試合があるならば、ヒットを打ってほしいです。
「続きを読む」以降は写真を数枚アップしました。
思い出深い2010年の日本一の写真。そして2012年の鴨川キャンプ。2016年の鴨川キャンプの写真をご覧ください。
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source : マリンブルーの風