☆いやいや、このシリーズは、球団を問わずプロ野球史上に残るような選手を紹介するものなんですが、長野がカープでどんな活躍をするかはさておき、とりあえずどんな男なのかを皆さんに紹介するとともに、K.O自身も知っておこうかなと。
◇年俸2億2000万円の長野 13年馬原超え最高年俸移籍 1/8(火) 6:00配信 スポニチアネックス
巨人から広島に移籍することが決まった長野の19年年俸は2億2000万円。FA人的補償選手の移籍初年度の年俸としては、13年馬原(ソ→オ=1億3500万円)を上回る最高額になった。
また、長野の昨季成績は116試合、426打席で111安打、13本塁打、52打点、打率・290。人的補償野手の中では試合こそ、07年福地(西→ヤ)の117試合に1試合及ばないが、その他は長野が最良だ。
☆ま、つまり「史上最大の人的補償による移籍」と言っていい。
☆で、まあ長野に関する記事の多いこと。
◇【巨人】本物の逸材・長野 AJがメジャーが由伸が認めた だからコイに選ばれた 担当記者が見た 1/8(火) 6:04配信 スポーツ報知
ちょっと前までは余裕たっぷりの謙遜に聞こえていた「俺なんか記事にしなくていいから」「誰も興味なんかないから、そっとしておいて」という言葉が、正直に言うと、ここ何年かは自虐に聞こえていた。生え抜きのスター選手とはいえ、28人のプロテクトから漏れていた事実は、長野も受け止めていることだろう。
ただ、見る人が見れば、やはり超一流の選手だったらしい。昨年末に行われたDeNA・ラミレス監督主催のチャリティーオークション。長野もバットを提供していたのだが、ウン十万円を投入して落札したのは、まさかの人物だった。「AJが『コレクションに追加したいから』って。先に言ってくれれば渡したのに…。でもうれしいですよね」。長野のバットをゲットしたのは、楽天でもプレーしたメジャー通算434発のスーパースター、AJことアンドリュー・ジョーンズ氏(41)だったという。
アマチュア時代から日本代表の常連だった長野。国際舞台では、敵チームの監督、コーチ陣から誘いを受けることもしばしばあったようで、レッドソックスのコーチからは「うちで一緒にやろう。一緒にアメリカに帰ろう」と熱心に口説かれたそうだ。
海外FA権を取得して以降、試合前練習中のスタンドに観光客らしき外国人を見つけると「俺の獲得調査に来たのかなあ?」というお決まりのギャグがあったのだが、かつてはメジャーも熱視線の逸材だったことは確かだ。
巨人入団後も、あの天才・高橋由伸(前監督)に「お前が入って来て『こいつにはポジションを奪われるかもしれないな』と初めて思ったよ」と言わせたというから、やはり本物だったのだろう。だから、王者・広島にも選ばれた。放出した巨人を後悔させてほしい、とまでは言わないが、どう考えてもウソくさい、あの謙遜をもう一度聞きたい。(巨人担当・尾形 圭亮)
☆ま、性格なのか、シーズンを通して活躍することがなかなかない長野なんですが、素質としては、誰もが認める一級品の選手なんですよね。
◇打撃の神様うなった外角打ち/長野久義チョー人伝説 1/8(火) 18:07配信 日刊スポーツ
驚きの人的補償で巨人から広島への移籍が決まった長野久義外野手(34)。多くを語るタイプではないが、チョ-人的伝説のエピソードには事欠かない。「アイム長野!」と声高にアピールすることはないが「ディスイズ長野」の存在感は圧倒的だ。
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◆怪力 13年のグアム自主トレ中、当時のWBC日本代表の山本浩二監督が長野の1・5キロのマスコットバットを持ち「こんな重いもん、振っているのか?」と驚嘆させた。
◆神公認 13年10月に死去した川上哲治氏から「今の巨人のバッターで一番いいのは長野だ。あの外角打ちの技術はすごい。あれだけ離れて立っているんだから」と最後に名指しで絶賛を受けた。
◆半世紀以上ぶり 13年に、守備で「ライトゴロ」を3度完成。巨人では1943年の中島治康のシーズン4度以来、70年ぶりの快挙だった。
◆チョーさん超え プロ入りから5年間での767安打は、長嶋茂雄の763安打を超え、日本人歴代1位。
◆タイガーマスク 選手会長となった16年の春季キャンプで、寒風吹く日にカイロ1000個を自費で購入して、名を伏せて関係者や報道陣に提供。周囲には「僕じゃないですよ~」といいながらも、漫画「タイガーマスク」の主人公・伊達直人のようだった。
◆視力 センターの守備中にファウルボールが記者席に飛び込み、記者が捕ったのを見ると「ナイスキャッチでしたね」と試合後に声をかけた。約150メートル先の、ささいな出来事も逃さなかった。
◆察知力 経験値の少ない球場でも特性をインプットする。13年5月22日の楽天戦(Kスタ宮城)。楽天松井の打球が外野フェンスとラバー部に挟まったが、無理に探そうとせずにボールデッドを主張。エンタイトル二塁打とした。無理に取ろうとして時間を浪費すれば三塁打以上の可能性もあった。球場開場以来、初のケースに「審判の方にも『冷静だね』と言われました」。
◆サプライズ 多くの一流選手は内野席に年間シートを保有しているが、長野は東京ドームの右翼席最前列にシートを確保。長野にプレゼントされ、内野席のつもりで観戦に訪れた関係者は応援団の最前線に誘われ、驚く様子を外野守備に就く長野が楽しむ。
◆人心掌握 甲子園での阪神戦では虎党が陣取る右翼への守備に就くと、行儀よく? 帽子を取って一礼。巨人選手に手厳しい阪神ファンから拍手を送られることも多い。【広重竜太郎】
☆そんな長野に、ある巨人ファンの、惜別コラム。
◇“底知れぬ男”長野久義へ――。ある巨人ファンからの惜別コラム。 1/8(火) 12:31配信 Number Web
「長野さんは九州が近くなる大阪だと、さらに球場人気が高いんだな」
2年前の夏、年に1度の巨人主催試合が行われる京セラドームの客席でそう思った。東京ドームではキャプテン坂本勇人の6番レプリカユニフォームやタオルを身につけたファンが一番多いが、京セラに来るとそれが「背番号7」グッズと双璧をなす。佐賀県出身のこの男は、それほどファンからの支持が高い選手だった。
年明け早々、巨人の長野久義がFA移籍した丸佳浩の人的補償として広島へ移籍することが発表された。年末に本連載で内海哲也の西武移籍について「ロジカルでは理解できても、感情がついていかない巨人ファンも多いのではないだろうか?」と書いたが、入団以来9シーズンで計1271安打を放った生え抜き功労者の長野の流出にも同じような声が溢れている。
◆衝撃だった、デビュー後の3年間。
25歳でプロ生活をスタートさせた長野の巨人生活の始まりは完璧だった。
'09年秋に悲願の巨人ドラ1指名を受け、1年目からレギュラー定着するといきなり新人王、2年目にセ・リーグ首位打者に輝き、3年目には最多安打のタイトルを獲得。外野手としては'11年から3年連続でゴールデングラブ賞、シーズン最終戦にチーム40年ぶりの代打満塁逆転サヨナラ本塁打をかっ飛ばす勝負強さも誇るニュースターの出現。
なにせ入団から5年間の通算安打数767安打は、日本人選手としては長嶋茂雄や青木宣親を抑えてNPB歴代最多記録である。
こうなると、もちろん周囲はチームの軸を期待する。誰もが阿部慎之助の次は、坂本と長野の“サカチョーコンビ”に次代の巨人を託したものだ。
たぶん多くのファンはその背中に何かを見た。
大袈裟に書けば「希望」とか「未来」みたいなものだ。いつの時代もファンは球場で勝負だけじゃなく、夢を見る。
◆いつしか坂本世代から外され……。
当然、原監督も由伸前監督も「4番長野」を幾度となく試した。だが、'14年オフの右膝と右肘手術以降は攻守に精彩を欠き、盗塁数が激減し併殺打が増えるなど脚力の衰えも目立った。
いつの間にか坂本の世代じゃなく、阿部・村田世代と同列のベテラン組で語られることも増え、年々シビアな立ち位置へ。昨季は「7番ライト」で開幕スタメン、一時は打撃不振から先発落ちするが徐々に盛り返し、最終的に規定打席にはわずかに届かなかったものの116試合、打率.290、13本塁打、52打点、OPS.793というチームの外野手ではトップクラスの成績を残した。
◆35歳、年俸2億2000万円の起用法。
そして、オフに原監督が復帰するわけだが、最近の指揮官の発言からも背番号7の微妙な立場は伝わってきた。
スポーツ報知の新年インタビューでは、「2番センター丸」構想を語り、「4番を孤独にさせない存在」とゲレーロの再生を匂わせ、陽岱鋼は「持っているものはすごい」なんて大きな期待を懸ける。
一方で、長野には「開幕前に悪いと判断したら『半袖がちょっと着れるような時期になったら呼ぶよ』と。力は認めている。うまく使えばすごい戦力になる」とこれまでのような不動のレギュラー扱いはしないことを明言していた。
丸、陽、ゲレーロが'19年シーズンの外野基本ベース。さらに原監督に以前「もう1人カメイがほしい」と言わしめた仕事人・亀井善行がいて、若手では石川慎吾、重信慎之介、松原聖弥、和田恋らが虎視眈々と出番を伺っている。
今年12月で35歳、年俸2億2000万円のベテラン長野の起用法がかなり難しくなるのは明らかだった。
◆チームを変えたいのは分かるが……。
しかし、だ。だからといって、チームトップクラスの人気を誇り、V3にもど真ん中で貢献した功労者をこんな形で放出してしまっていいのだろうか? 最近の巨人には「プロ野球は人気商売であり興行でもある」という視点が決定的に欠けている気がする。
優勝から遠ざかり、チームをベースから変えたいのは分かる。だが、“地上波中継最後のスーパースター”高橋由伸が、20年間背負った栄光の背番号24を新外国人投手にあっさり渡してしまったり、内海や長野を軽くプロテクトから外したりと、選手とファンが長年時間をかけて築き上げたストーリーをあっさりと捨ててしまう。
そして、皮肉にもその手のストーリーはいくらカネを積んでも買えやしないのである。
◆「思い通りに体が動くのは、あと10年」
実は広島サイドは1カ月以上前から「リストを見て、それなりの選手がいればいくと思う。1年でも活躍できるなら年俸が高くても問題ない」(12月1日付日刊スポーツ)と牽制していた。それでも、巨人サイドはあえて長野を外したわけだ。山口壽一オーナーがどうエクスキューズしても、獲られても仕方がない選手と位置付けたということだろう。
死にたいくらいに憧れた巨人から、こんな形で出されても「強い広島カープに選んでいただけたことは選手冥利につきます」と冷静なコメントを出した長野は、さすが人格者だなと思った。
さて、2019年の広島カープ・長野久義はどんなプレーを見せてくれるだろうか?
10年前の『週刊ベースボール 2009ドラフト総決算号』インタビューを今読むと非常に興味深い。25歳の遅いプロ入りについて聞かれた長野はこう答えているのだ。
「脂が乗り切った状態。つまり、思い通りに体が動くのは、あと10年くらいだと思います。10年後は35歳ですか……。そこまでやれる人も、一握りですからね」
まさか、その35歳シーズンを広島で迎えるとは夢にも思わなかったはずだ。
◆まだまだこんなもんじゃない!
10年目のリスタート。
天然芝の本拠地マツダスタジアムで下半身への負担も軽減されるだろう。気遣いの性格はカープの明るいチームカラーにすぐ馴染みそうだし、小学5年生から中学卒業まで英会話塾に通っていたので外国人選手とのコミュニケーションも問題ない。かと思えば、中学時代に親の反対を押し切り、部活ではなく硬式野球の強豪チームへ入団。父親とは3年間ほとんど口をきかなかった芯の強さも持っている。
数年前に長野コラムでこんな一節を書いたのをよく覚えている。
「4番を打つわけでもない。ライバルがいるわけでもない。いったい、長野は何を目指し、誰と闘えばいいのだろう? このまま終わるのか。それとも変わるのか……」と。
鮮烈なデビューから30代の停滞。近年、巨人ファンも背番号7に対して「こんなもんじゃない」から、いつの間にか「このまま終わってしまうのか?」なんて妙な寂しさを感じていたのは事実だ。
だが、冷静に見たら入団から9年連続100安打を達成して、それでもまだ「物足りない」と思わせる底知れぬ選手が他にいただろうか?
ぜひ、長野久義には新天地の広島で、自身2度目の首位打者のタイトルを獲得するくらいの大活躍をしてもらいたい。そして、カープファンだけでなく、巨人ファンにもこう思わせてほしいのだ。
見たか、まだまだ長野久義はこんなもんじゃない、と。
See you baseball freak……
(「ぶら野球」中溝康隆 = 文)
☆いやいや、ほんとなら、坂本級の選手になっていても不思議じゃないんですよね。
☆で、まあ人柄を讃える記事の多いこと。
◇常に相手を優先…記者に助言も/長野久義こんな人 1/8(火) 7:45配信 日刊スポーツ
<こんな人>
広島が7日、巨人にFA移籍した丸佳浩外野手(29)の人的補償として長野久義外野手(34)を獲得したことを発表した。
◇ ◇
自主トレ地の米国で球団からの連絡を受けた。どんな心境だったのだろう。球界屈指の気遣いの男だけに想像もつかない。昨年末に人的補償で内海の西武移籍が決まった。広島の人的補償は長野にとっても気がかり案件だった。「行きたいとか、行きたくないとか、言えない。自分かどうかは別として誰かが行くことになる」。日本ハム、ロッテの指名を拒否して巨人に入団した男の思いは計り知れない。
昨年2月の宮崎キャンプ中だった。後輩記者が飲食店にパソコンが入ったバッグを忘れた。帰路に就くタクシーの中で気付いた記者が店主に電話して「明日の朝、取りに伺います」と言ったのを助手席で聞いていた長野は「お店は朝からやってないよ。相手のことを考えないと。『何時ぐらいに取りにいったらよろしいですか』って聞かないと」とアドバイスしたことが印象深い。
相手がどう思うか-。自分のエゴを押しつけるようなことは絶対にしない。もちろん、自らの意思はある。ただ常に「相手」を優先し、尊重するのが長野のスタイルだ。そのスタイルは巨人でも広島でも変わらない。【巨人担当=為田聡史】
◇談笑中かと思いきや…長野はいつでも冷静沈着な男 1/8(火) 16:03配信 日刊スポーツ
長野久義外野手(34)の人的補償での広島への移籍が7日、発表された。
◇ ◇ ◇
16年1月下旬、グアム自主トレ取材からの帰国日だった。出国前の現地空港で、記者は財布を紛失した。カバンの中身をすべて出しても出てこない。空港職員に涙目で窮地を訴え、一緒に捜索したが見つからない。職員は困ったように両手を広げると、さっさと自分の持ち場に戻っていった。
中身は現金にクレジットカード、免許証…事の重大さに、ぼうぜんと空港内をさまようしかなかった。出発まで1時間を切った、そんな時だった。聞き慣れた明るい声が、遠くから自分の名前を連呼していた。同便で帰国予定の長野だった。
「さっきから、放送で何度も名前を呼ばれてますよ。搭乗ゲートまで来て下さいって言ってましたよ」
財布を拾った日本人家族が中身を確認して持ち主が日本人だと分かり、空港に頼んでアナウンスで名前を呼びかけてくれていた。頭がパニックだった記者は、館内放送などまったく耳に入ってこなかった。長野は違った。ソファで仲間と談笑していたにもかかわらず、英語の放送内容までしっかり把握し、わざわざ記者に知らせてくれた。
帰国直後の成田空港ですぐに感謝を伝え、事情を説明した。長野は「知っている名前が聞こえてきたから何かあったな~とは思いましたけど、まさか財布をなくすとは。顔が真っ青でしたよ(笑い)。いや~、とにかく中身も無事で良かったですね。僕は何もしてませんよ。気にしないでください。お疲れさまでした!」と、グアムの日差しでより精悍(せいかん)さを増した表情を優しく緩め、帰路についた。どんな時でも冷静沈着。長野の温かなまなざしと千里眼が、広島でも多くの人の窮地を救っていくのだろう。
長野のおかげで、3年たった今でも、あの時に戻ってきたお気に入りの財布を愛用している。【11~12年、15~17年巨人担当=浜本卓也】
◇長野久義移籍に巨人裏方エピソード「思い詰まった」 1/8(火) 17:23配信 日刊スポーツ
長野久義外野手(34)の人的補償での広島への移籍発表から一夜明けた8日、ジャイアンツ球場では和田恋外野手(23)、若林晃弘内野手(25)らが自主トレで汗を流した。
昨季、プロ初安打を放った和田は「まさか、長野さんが…。驚きました」と信じられない様子で話した。
先輩後輩に関係なく、誰からも慕われた男だけに衝撃は大きかった。それぞれがいろいろな思いを抱く中、選手の自主トレのサポートで訪れた大抜亮祐打撃投手(30)は大事そうにシューズを抱え、長野とのエピソードを明かした。
大抜打撃投手 2年前に、長野さんが打撃投手にプレゼントしてくれたものなんです。本当に優しい方で、いつも裏方のことを気にかけてくださった。感謝の気持ちでいっぱいです。
1人1人にサイズ、刺しゅうなどの希望を聞いた上で用具メーカー「アシックス社」に発注。球団からは毎年、シューズやスパイクが支給されるが、シューズは消耗品だけに長野からの太っ腹なプレゼントに大喜びだったという。
大抜打撃投手は「長野さんの思いが詰まったものですから。しっかり磨いて、大事に使います」とかみしめるように話した。日が暮れ始めると、ジャイアンツ球場にも冷たい風が吹き始めた。誰もいなくなったグラウンドは、少し寂しげに映った。【久保賢吾】
☆…ま、人柄で野球をする訳ではないので、プロの世界は厳しいと言えばそれまでなんですが、出しますかねぇ、こういう選手を。戦力として考えても、最低限昨年の長野並みの成績を残せる選手が、長野の他にいますかね。
◇また生え抜き看板…巨人“大チョンボ”長野流出の真相と波紋 1/8(火) 15:16配信 日刊ゲンダイDIGITAL
巨人がFAで獲得した丸佳浩(29)の人的補償で長野久義(34)の広島移籍が決まった7日、東京・大手町の巨人球団事務所は沈鬱な雰囲気に包まれた。
「まさかベテランを取るとは。ショック」
大塚球団副代表が動揺をあらわにすれば、その後に取材に応じた山口オーナーも、「紛れもないチームの看板。残念だし、痛い」と、厳しい表情で絞り出した。
長野は日大4年時の2006年ドラフトで日本ハムに4位指名されながら、巨人入りを熱望して社会人のホンダへ入社。08年に今度はロッテから2位指名されたが、再び入団を拒否して09年ドラフトでやっと巨人に1位入団した。1年目の10年に新人王を獲得。11年に首位打者、12年には最多安打に輝くなど、チームを牽引してきた。9年目の昨季は故障もあって初めて規定打席に届かなかったものの、116試合に出場して打率.290、13本塁打、52打点の成績を残していた。
「昨年末に一番最後に契約を更改して年俸は3000万円アップの2億2000万円。規定打席に届いていないにもかかわらず、気前がいいなと関係者は驚いた。でも、この時点でリストは広島側に提出していたわけで、カネにシビアな広島が手を出せないよう、あえて2億円超えの高額年俸にしたともっぱらです。しかし、広島は今や人気球団。丸と結ぶはずだった大型契約分の資金も浮いていた。巨人側には『広島は若手投手を欲しがっている』との情報があって、そちらを厚めにプロテクトした。要するに調査不足と広島を見くびった結果がこの長野流出です。巨人の大チョンボですよ」(球界関係者)
広島の足元を見ていたとしても、リストから外した時点で流出のリスクは生じる。当然、球団内には反対の声があった。それでも、編成面も含めた全権を握る原辰徳監督(60)が最終的に決断。指揮官がてんびんにかけたのは、同じ外野手で右打者の陽岱鋼(31)だった。
「最近、出演したラジオ番組やあちこちのインタビューで『持っているものは凄い。能力は高い』と盛んに褒めちぎっている。競争と言いながら、陽を丸と共に外野のレギュラーと考えているのは間違いありません」(前出の関係者)
大塚副代表は「若返りもあった」と長野のプロテクト漏れの理由を説明した。それならそれで、若手の育成に本腰を入れるのなら、筋は通る。ファンの理解も得られるかもしれない。しかし、このオフはオリックスを自由契約になった36歳の中島宏之、米マリナーズを戦力外になった37歳の岩隈久志、西武からFAで31歳の炭谷銀仁朗を獲得しているのだから、メチャクチャだ。人的補償で西武に流出した内海同様、選手会長を務めた長野はナインからの人望が厚かった。同じ外野手の亀井善行は「寂しい。他人事じゃなかったから何とも言えない」と複雑な表情である。
長野の成績が、セの最多安打(173)をマークした12年をピークに下降線をたどっているのは事実だ。打率を4年ぶりに2割9分台に乗せた昨季にしても、出場は116試合にとどまり、得点圏打率は.248と振るわなかった。さる球団関係者は「生ぬるいことをやっていては、4年連続V逸中のチームを再建することはできない」と、結果的に生え抜きスターを相次いで流出させた原監督をかばうのだが、その波紋は小さくない。内海に続く長野退団の衝撃は、チーム内はもちろん、アマ球界にも広がっている。
■「アマ選手の巨人離れが加速する」
横浜高校の元野球部部長で、これまでにあまたの教え子をプロ野球に送った小倉清一郎氏が、「ルール上、仕方のないことだとは思うが……」と前置きし、こう続けるのだ。
「高校野球の現場ではすでに巨人離れの動きが出ています。正直なところ私も、横浜高で指導している頃は、巨人に教え子を預けるのは躊躇した。昨年、ようやく(高卒4年目の)岡本が出てきたとはいえ、他球団と比べて高卒の選手がほとんど出てきません。補強が多いこともあるし、若い選手を育てたり、起用する姿勢が見えませんからね。『取るのはいいけど、ちゃんと面倒見てくれるの?』と言いたくもなりますよ」
巨人は14年オフにFAで相川亮二(42=現バッテリーコーチ)をヤクルトから獲得した際、その人的補償に高卒入団で1年目を終えたばかりの奥村展征(23)を指名された過去がある。当時、高校野球の強豪校の関係者から、「ドラフト4位で指名した高卒ルーキーをプロテクトから外すなんて考えられない。選手を育てる気がないと表明したのも同然。そんなチームに大事な選手を預けられない」と非難の声が続出したことがあるが、前出の小倉氏は、「今回、生え抜きの功労者が立て続けに流出したことで、ますますアマ球界で巨人離れが加速する可能性があります」と言う。
長野と内海はアマチュア時代、ともに他球団のドラフト指名を蹴って“浪人”してまで、巨人入りを熱望した選手だ。原監督の言う「ジャイアンツ愛」の象徴的な存在だった。そんな2人でも、最後は補強の犠牲になってはじき出される。これがチームづくりの根幹であるドラフトをも直撃するとすれば、その代償は小さくない。
☆若手を守ってベテランを放出すれば叩かれる、かと言ってベテランを守って若手を放出しても叩かれる。結局、よそ様が育てた選手をFAでかっさらおうとするから、こういうややこしいことになる訳で。
☆一方で、ドラフトというのは戦力の均衡を狙って始まった制度であって、巨人に戦力が集中しないのはある意味当然のこと。ならばFAで戦力を補強しようとするのも、これも当然。ならば巨人に入る選手は、長野のような運命を辿ることも最初から覚悟しておかねばならない、というのは、ちょっと酷でしょうか。
☆何か、ほんとにかわいそう。
◇批判はすべて受け止める/13年巨人V時の長野手記 1/8(火) 13:26配信 日刊スポーツ
巨人がリーグ連覇した13年の秋、日刊スポーツは長野久義外野手(34)に優勝の手記を頼んだ。一部を抜粋する。
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「野球とは、人生そのものである」。長嶋監督の言葉をお借りし、つぶやいてみた。恥ずかしかった。今は、まだまだ、そんなことは言えない。そんな道を歩んでいるとも思えなかった。2回もドラフト指名を断っている。逆の立場なら「コイツ何なんだ」と思うだろう。どう見られているのか、という怖さが自分の中にいつもある。批判はすべて受け止めなければ、と決めている。
ふと考える時もある。もし06年ドラフトで日本ハムに入団していたら、今年でプロ7年目だなと。当時は稲葉さん、坪井さん、(森本)稀哲さんと、そうそうたる外野の布陣だった。1軍に定着できたか。新人王は絶対に無理だったな。さまざまな事情があって、今は巨人のユニホームを着てプレーさせてもらっている。その一方で「早くプロに行きたかった」という思いも、事実としてあった。
ハッキリ言えることは1つ。今、ジャイアンツで野球ができて幸せだ。決断は間違っていなかった。そう思わせてくれたのはチームメートだった。
亀井さん、内海さん、山口さん。1年目の合同自主トレで食事に誘ってくれた。ルーキーでも外様の心境だった自分を受け入れ、救ってくれた。素晴らしい仲間と野球ができる。素直に思えた。この恩と、入団までの歩みが絡まり合って、決意が芽生えていった。
自分は角(かど)で生きていこうと決めた。
角と脇役は違う。オセロは角を取れば勝てる。中央の石と角が連係すれば、いっぺんに石をひっくり返せる。パズルだと、角は4つしかないピース。形が分かりやすいから、最初に組める。巨人には中央に座る人がいる。周りを見渡しながら支えることで必要とされる人になりたい。だから山口さんを尊敬する。あれだけ成績を残す人が角に徹しているから巨人は強い。
(中略)夏のことだった。復活したサザンオールスターズの「栄光の男」という曲が耳に入ってきた。
この世に何を求めて生きている?
叶わない夢など追いかけるほど野暮じゃない
生まれ変わってみても栄光の男にゃなれない
老いてゆく肉体(からだ)は愛も知らずに満足かい?
喜びを誰かと分かち合うのが人生さ
自分の人生そのものを歌っている気がした。ヒーローになんかなれない。集合写真は端っこがいい。フラッグを持って先頭を歩くより、隅を歩いて、みんなの喜ぶ姿を眺めていたい。
細く長くとは考えていない。角を務められない男になったら、潔く野球をやめる。長野久義らしく生きて、いつか「野球とは、人生そのものである」と胸を張って言ってみたい。
----◇--◇----
当時は28歳。心のありようは変わっているかもしれない。ただ冒頭の段落については、何も変わっていないと思う。触られたくないであろう、プロ野球選手としてのルーツ…負い目に対して真っ正直な筆致に、いっぺんで長野という選手が大好きになった。
言動で自己主張することは皆無。残す数字からは何歩も控えめのスタンスを、かたくなに通した。周囲は気にも留めなかっただろうが、彼にとっては、絶対に譲れない1点なのだと思った。もらった恩を返そうとしたのだろう。移籍した選手や若手、スタッフ、新外国人選手に対しては、とりわけ優しかった。
下支えが主張だった。長野みたいな選手が強い意志のもとで控えているから、巨人という組織には奥行きがあった。ルーツが変わらない以上、また性格上、立ち居振る舞いを変えることはないだろう。広島は大きな力を手に入れた。【宮下敬至】
◆宮下敬至(みやした・たかし)99年入社。04年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)-巨人-楽天-巨人。16年から遊軍、現在はデスク。
☆いやいや、冒頭の部分よりむしろ、最後のところがまさに現在の、いや、移籍が決まる直前までの心境なんじゃないでしょうか。
☆そうまでして巨人に入って、巨人に尽くしてきた長野が、人的補償という形で巨人を去らなければならない。しかも全く戦力になってないならまだしも、それなりの結果を残したのに。34歳ですから、まだまだやれるはず。
☆…と踏んだから、カープは獲った訳で。まだ気持ちの整理はついてないだろうし、カープのために、という気持ちになれるかどうかも、正直分からないでしょう。でも願わくは、こうしてカープの一員になった訳ですから、現実を受け入れて、カープの日本一に力を尽くしてほしい。
☆そして引退の時には、ファンも、長野本人も、「カープに来てよかった」と言えるようになってほしい。K.Oも1人のカープファンとして、長野は全力で応援します。
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